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友人の怪電波

怪電波を垂れ流すのは友人の仕業。

父と私

転載。加筆。

私の母が亡くなったのは、確か私が22ぐらいの頃。

家に帰る途中、一台の白赤の車が私のボロいスターレットを追い越していった。

行く方向が同じだったので、その車についていくと、その車は私の家の前で止まった。
「何事ですか?」と思い家に近づくと母親がひどい状態で倒れてた。
隣のおばさんが救急車を呼んでくれたのだ。

「**さんとこの方ですか?」

「は、はい!母はどうなるんですか!?」

ひどく狼狽えてたと思う。
病院に運ばれていく母を呆然と見ながら、あたふたすることしかできなかった。

父親と姉貴への連絡は、おばさんがすでにしてくれていた。
どうも、連絡がつかなかったのは、居場所も告げず家族から逃げ回ってた私だけだったらしい。
間もなくして、父親、姉貴が家に到着し、全員別々で病院に向かった。
母は案の定、脳梗塞だった。

学校をサボる口実で、いつも母親の病院がよいを手伝ってたので、あらかた想像はついた。

だけど、倒れるなんて、思いもしなかった。
ひどい状態らしく、人工呼吸器で息をしている状態だったと思う。
一応手術はするが、覚悟はしておいてくれ。そんな感じだったと思う。

正直、狼狽えてたから、よく覚えてない。

親戚一同も夜にはみんな集まっていた。
誰も、母親の生還を祈ってなんかなかった。
「もう無理だ。」
「もうダメだ。」
「どうしよう。」
色々な面で母に依存しきっていた親戚たちは、私とは違う意味で狼狽えていた。
姉の子は待合室に悲鳴のような鳴き声を響かせ、父親はイライラし、親戚は「ダメだダメだ」と言う。
まさにカオスだった。
嫌気がさした私は、病院のまわりを何周もした。
百度参りかと言われると、そういうのがあったのかもしれないけど、その時はただネガティブな空気につつまれた家族の人たちのそばに居たくなかった。
考えれば分かることだが、この状況で席をはずし、戻ってくると全員のイライラの矛先が私に向く事なんて火を見るよりも明らかだ。
なのに私は戻った。
案の定「こんな時にのんきな奴だ。」「常識外れだ。」「基地外娘が・・・」と散々言われた。
私は「イライラしたり無理だダメだと母の死を望んでる悲劇の主人公気取りのお前らにいわれたかねえわ!」と言う言葉を飲み込んだ。

母は、数週間人工呼吸機で生きながらえた。
父は病院からは「そろそろ諦めろ」的な事を言われてたようだったけど、父は渋っていた。
しばらくして、やっと父が重い腰をあげた。
人工呼吸器がとめられたのだ。

ここで私は、気づいてはいけないことに気づいた。

「明日、お父さんの誕生日だ。その次が私で、私の2日後は姉貴だ。」

これを狙ってたのか?