友人の怪電波

怪電波を垂れ流すのは友人の仕業。

愚痴らせていただこうではございませんか。

今朝、なぜか分からないけど昔の事を思い出して、すごくやさぐれた気分になっております。

人なんて、信じられる?

私は、ごめんなさい。信じられないです。

うちの人すら、心のどこかで信じちゃいけないとか、凄く線を引いてる気がします。

 

私には姉がおりまして。

ええとですね。。。。どこから話すべきなのかな・・・

20代の頃に母親が死んで、その頃には姉も嫁いで子供もいて、うちのおとん、不倫とかしまくってた癖におかんが死んだとたんに魂抜かれたみたいになっちゃったんですよ。

まあ、私も悲しかったですよ。でも、そんな姿見てたら、私までそんな風になっちゃまずいだろって、思う訳ですよ。

だから私はあんまり悲しまないようにしてたんですよね。

毎週姉貴夫婦と姪っ子(孫)が来てくれるから、凄く助かった。

姪(孫)が「爺~~~~!」って来るから、なんか多少はまぎれたんだろうと思う。

四十九日まではしかたないねーって。思ってた。

ただ、その頃にはすでに姉夫婦が毎週来るというのが、ひとつの決まりになってた。

私は恋人もいたし、四十九日がおわったら、すこしづつでも前に進まなきゃなーっておもってたけど、週末は家にいなきゃいけなくなってしまった。

 

ある日、「今度の日曜、ちょっと出たいんだけどいいかな?」って、言ってみた。

そうすると、凄く怒られた。

「お前はだいたい、ぜんぜん悲しんだそぶりを見せない!なんなんだ!お母さん死んでうれしいんか!3年は弔うぞ!仕事と家事以外での外出禁止や!!」

やれやれですよ。

でも、二年は耐えた。一年目の夏にはすでに恋人は去ってた。友人も、「あの子は誘っちゃ駄目。」と、声すらかからなくなって、なにやら

「出家するらしい」とかいう噂まで流れてたらしい。

二年も終わりの頃無理になってきた。

姉貴も無理になってたみたいで、私に愚痴られた。

「もうぜんぜん家族で旅行とかも行ってないしね。毎週爺の家でだらだらでしょ?もう嫌になるわ。」

ただの愚痴だったのかもしれない。

でも当時の私にはすごいプレッシャーだった。

「いっしょにいるのはお前だ。何とかしろ。」

としかとれなかった。

「わかった。私が何とかするから。」

姉貴は「いいの?無理しんでもいいで?」

って言ってくれたけど、それが余計「お願いね」って言ってるように聞こえた。

 

そして、私は父親に

「姉貴たち、毎週来させるの、やめた方がいいと思うよ。家族での団欒とか、旅行とかぜんぜんしてない。毎週おとん励ましにきてるとか、のりちゃん(姪っ子)いまちょうど色々なもの見たりさせたい時期なのにさ。駄目だよ。」

みたいに言った。

そしたら青くなって、次は赤くなって言った。

「あいつらがそんな事いっとるんか!!!」

「い、いや・・・ちらとは聞いたけど、私の一存で・・・」

「本人に確かめる!お前はそこに正座しとれ!」

(TELL)

「おう、わしや。(姉)おるか?」

たぶん、だんなさんが出たんだろう。姉貴を呼びにいってるみたい。

「おう、わしや。おまえ。もう来たないいうとるらしいな。菊にきいたぞ。」

しばらく時間がたつ。

「わかった。」

父親は電話を切って、こっちをにらみつけた。

「お前の目的はなんや!おねえちゃん、そんな事言ってへん言うてたぞ!」

「へ?」

「お前は嘘つきや!わしを貶めるために、そんな嘘つくんか・・・なさけないわ!」

明確に助けてと言われたわけじゃない。

無理はしなくていいとも言われた。

けど、なんとかしなきゃという思いで、助けようとしたのに、

姉貴は簡単に妹を売ったんだ。

そう思うと、凄くつらかった。

あっそう

で、流せばよかったのか。

正直にいうと、しょうこりもなく、私はこういうことを何度もくりかえしてます。

助けようとして、裏切られる。

・・・そんなのばっかり。

たぶんこれから先もこんなことを続けていくんだろうと思います。

何度も傷ついても、そうやって生きてくんだろうと思います。

そして裏切った人を憎みながら、頼られるとまたアホな正義感で動いて、裏切られるんでしょうね。

アホだから。

こんな生き方しかできないんだと思いますよ。

残念なやつだね。